
クリエイターインタビュー/清川あさみ
生々しさのリアリティ
写真家、荒木経惟さんとのコラボレーション作品『dream time』についてお聞きしようと思いますが、清川さんは植物ってどんなものだと考えていますか。
清川/一番その、リアルに時間軸と言うかが見えない。すごく不思議だなって。無限大の、自分の中では宇宙を感じるんです。その宇宙から色気を感じるんですね。
荒木さんの写真だと、それを露骨に撮っていますね。
清川/露骨に、そのエロスを出してもらいたかったんです。
植物って瑞々しい命のようなものだと思っていたのだけれど、あの作品は、瑞々しさは感じなくて「エロス」とか「生々しい」という表現のほうが合う。それで見ていて、ふと思ったことは女性物の下着に似てるのかなぁって。トランクスにエロスは薄く、女性物の下着からは命は感じないけど、エロスを感じる。
清川/それはありますね。女性の性器だとかを感じるというのもあるけど露骨過ぎないところで。それから植物を植物としてだけ見ているのではなくて、擬人的にリアルに見ているところはありますね。
コピーに対して製作されていますよね。写真は人物のコピーだと思うし、植物のイミテーションも植物のコピー。現実のコピーである写真などに対して、清川さんなりにリアリティが足りないのだと思うのですね。それが足りていないから付け加えている作業なんじゃないかなって。 清川/そのとおりですね。リアリティとか生っぽさはやっぱり手で表現しないと見えないですね。本当に一本の糸が入るだけで意味が一気に出てくるんですよ。 |
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植物の命は花に昇華されてしまうなんていう表現がされたりするのですが、刺繍で花を咲かせているような作品は解りやすいのですが、イミテーションへの刺繍は、かなり斬新なやり方をされていると思うのですね。これをやっちゃおうっていうのはどういう時だったのですか。
清川/やっぱりコピーに刺繍するだけじゃなくて、もっともっと何か出来ないかって。そのとき写真みたいな平面だけではなくて立体にしたらもっと違って見えるんじゃないかって思ったんですね。立体って言っても色々とあって、立体にしてみましたって言うだけの作品だったら面白くないし。そこで何と言うのか、エロティシズムみたいなものを何かで感じられたら、すごく深みのある作品になるんじゃないかなって、それで散歩をしていた時に、植物を見て、これっていつから咲いていて、いつ枯れているんだろうかって考えたら、もちろん私の生まれるずっと前から咲いていただろうし、知らない時にも咲いていた。それって宇宙みたいな感じがしたんですね。小さな植物ひとつが、すごい宇宙だって。それを表現するためにはイミテーションっていう、元々命が無いものに刺繍をすることで、どういう風に見えるのかなってやってみました。そしたら一気に生き物に見えてきて、これはすごい無限大な感じがするなって言うのが切っ掛けで、やっていたらドンドンと増えていってしまった。
清川さんの世界観の中での植物のリアリティは、本物よりもイミテーションに刺繍と言う作品が、よりリアルなんだと。
清川/瑞々しい植物は大好きなんです。でもそれとは又違う植物のリアリティ。もうちょっと生っぽい、あくまで生っぽさにこだわったら、こうなったんですね。
『hazy dream』も風景の歪み方がちょっと水面っぽく見えていますね。何となく写真自身の歪みと刺繍の二重の流れが、命の液体と言うか、そのドロっとした感じは共通しているように感じます。次のステップに移ったというより、見た目が全然違っても、作品の中に流れているものは繋がっているように感じました。
清川/そうですね。作品を作っていて、どこかで「命」とか「生と死」というものを意識しているんだと思います。重くなるから言いたくないのですが。残りどれ位あるのか解らないけれど、生きているって素敵だなって思うんです。そういう作品は沢山あるんですよ。
表現するモノ
今回の展示のためのテーマは与えられていなかったとお聞きしています。イコールの読者には作り手も多いのですが、彼らは作ることに悩んでいるんですね。何を作ったらいいのか解らないし、いまさら新しいものって無いのではないかって。そういうときに例えば植物をテーマにしてくださいって言われると、それは制限なんだけれど、やり易いですよね。どのようにアプローチしていらっしゃるのですか。
清川/そうですね。凄く悩んでいますね。ゴールの無いものは辛いです。自分って本当に何を作りたいんだろうって。自分の事を見つめなおす作業をしていたんです。新作では、そこから少しは抜け出せたかなって。リアルに自分が見ている風景を伝えてみようというか、開き直っている感じですね。「今のリアルな清川さんを発表してみてほしい。」って言われたので。
その新作『hazy dream』がモノクロなのは意味があるのですか。
清川/モノクロなのは物語とか一切排除して限りなく無に近い素材にしたかった。色って色んな意味を持っていますから、そういうのを取っ払いたかったんです。今回はモノクロを展示してますが、色のある作品なんかも作っています。今は糸や色によって、色んなストーリーが生まれるのが面白いですね。
手の跡にリアリティ
人の写真に花だとか、金魚というようなものを刺繍されていますよね。今はCGで合成しちゃって、もっと見た目でのリアルって作れると思うのですね。だけど写真を合成するよりも刺繍でされている。それは清川さんのアイデンティティだったりするのでしょうか。
清川/いくら技術があって予算をかけて、すごくカッコ良いグラフィックをやっても、何千枚のレイヤーを重ねても、やっぱり手の跡は重みがすごいんですよ。縫う行為自体、一針一針とか手芸的には考えて居なくて、実は怖い作業だと思っていて、最初の一針が何かを全て変えてしまうとか、その糸の存在って凄いと改めて感じています。
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イミテーションに縫うというのは、あまりされている人は居ないですよね。そういった新しい事にチャレンジする。新しいってことに価値を見ていたりもするのでしょうか。 清川/そうですね。自分がまだ見たことが無いから、見てみたくて作る。最近は手法と言うよりは何を伝えたいのかって事ばかり興味があって、そこはまず考えますね。 |
そうだとすると、また内へ内へと向かってしまいますよね。表現をする人というのは、そうならざるを得ないのでしょうか。
清川/だけど、片方で『美女採集』のようなキラキラした世界も好きなので、私の事を内向きな人間だと言ってしまうと違和感がある。だから『caico』の表紙の作品は、脱皮し続ける自分をイメージして顔を縫ったんです。私の親が見たときも「何で自分の顔に刺すの!」ってビックリされましたけど。
ピアスだって嫌がる人が居るのに、顔中ですからね。描くよりも刺すだから。
清川/でも前向きな感じの印象になったので気に入っています。
それには残酷な部分もありますよね。
清川/無いといえば嘘になりますよね。そういう作業なので。だけれど結果、その瞬間と言うか一瞬の美しさを保つというかの為には、すごく大事な作業だと、すごく綺麗な事だと思っています。
一生幸せになれない
『美女採集』は雑誌の仕事で、クライアントが居てマーケット側から要求されてする仕事ですよね。それはアーティストの仕事とは少しズレますよね。どちらかというとデザイナーだとか職人的なエリアというか。でも、そうしないとビジネスとして成り立たないとか悩む人も居ますが、清川さんはオーダーを受けるという事には、あんまり抵抗は無いですか。
清川/あまり意識したことはないです。楽しくやらせていただいています。ただお仕事ってゴールがある分だけ少し楽です。お互いが納得すれば終わりですし。ある方に「アーティストは一生幸せになれないよ」って言われた事があって、終りが無いし。ずっと脱皮を繰り返しているような感覚です。
それはやはり苦しいですか。
清川/苦しい時もあります。ただ、最初は作ることを続けるとは思っていなかった。マイペースで自分のやりたい事をやってきたら、こうなったって感覚なんです。
それが事実なんだと思うし、客観的に違ったとしても、本人の中ではそれが事実なんだと思います。
完成度の余白
清川/物凄く完成度の高いものも好きですが、少し余白を感じさせる作品に魅力を感じたりします。私もたまに構図を少し崩してみたりしますよ。完結していないものに興味があるんです。観た人がいろんなことを考えさせられる作品でないと詰まらないと思っているんです。その人と見ている作品のコラボレーションでなにか思考が生まれたりするって思っているので。やはり色んな想像をして欲しいですよね。私、小さいころ美術館に行くとよく走るように見て回ってた気がします。
鑑賞するというよりは「見た」って感じですね。
清川/そうなんです。「清川どこいった?」「もう出口です」みたいな感じだった。でもそれは作品が完璧だったからじゃないかと思うんです。そのときの私は、作家がどんな思いでやっていたんだろうとか想像しながら見ていなかったんだと思うんです。余白を見つけられなかったんでしょうね。
それは今も変わらないですか。
清川/また変わってきていて、絵本と同じで大人になってから見直すと、物凄い考えさせられるというか。
余白を見つけられるようになった。と言う事は元々あったと言うことですよね。気付けなかっただけで。
清川/年齢的に気付けなかったんですね。
今後も針と糸と言うのは変えずにされていくと思いますか。
清川/全然違うものに出会えれば変えるかもしれない。糸は今、私にとって一番魅力的な素材って言うのもあります。、無限大なんですよ。自分の中で極まってしまえば終れるけれど、それはまだまだやってこないだろうと思います。
これから自分がやろうとしていることは見えていますか。
清川/最初は立体をしたいのかと思っていたのですけれど、今回の新作をしていたら、まだまだ平面の可能性も見えてきて。これからも追求しながら作り続けていきたいと思っています。
今日はどうもありがとうございました。
(二〇〇八年九月二十日 三菱地所アルティアムにて)インタビュー・文 中西研大郎

(c)Kanazawa Art Event Calender Equal
Web Equal vol.8 2009.2~3 |
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清川あさみ 1979年生まれ。 作品集 「futo Kiyokawa Asami×Takimoto Mikiya×Morimoto Chie」 (2002年、マドラ出版)、 「美女採集 Asami Kiyokawa catch the girl」 (2007年、INFASパブリケーションズ) 、 「caico」 (2008年、求龍堂) ※撮影:荒木経惟 アートディレクション orange pekoe、木村カエラ「リルラリルハ」、JUJU「奇跡を望むなら」、つじあやの「はじめての時」、森山直太朗「二〇〇七 姫路城」、名古屋パルコ「パルコレ」、原宿FORET「グランバザール」、サンリオクリスマスキャンペーン「Jewelry Heart Christmas」、全国松坂屋「クリスマス」、キリン「アルカリイオン水」など。 |
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協力:三菱地所アルティアム |