戦略なき美少女戦士

浅井俊裕/水戸芸術館現代美術センター主任学芸員

 二〇〇七年十月に金沢市内で行われたアートイベント「アナザームーブメント2007 アートの居場所」でスウィングジャズシンガーYoko Yasueがデビューした。エフエム石川のショウウィンドウには彼女のサイン入りポスターと等身大ポップが飾られ、その近くの横安江商店街には十数本ののぼりが立てられていた。そして商店街の町内スピーカーからは彼女がリリースしたオリジナル曲「ANOTHER MOVEMENT 'LOVE FOR EVER'」が延々流されていたのだった。イベント初日のオープニングパーティー会場では、Yoko Yasueによるライブも行われた。

 このYoko Yasueに扮しているのは、飯田淑乃(いいだよしの)という現代美術のアーティストだ。飯田は展覧会を行うたびにその土地をイメージしたキャラクターに自ら扮して、そのキャラクターにまつわるポスター等の広報物やグッズ、そしてオリジナル曲などを作ってきた。土地をイメージして、と言っても観光ガイドにあるようなステロタイプの名所、名産を引用するだけではなく、彼女独特の感覚で拾い集められたその土地らしさが、自作の歌詞やキャラクターのなかに散りばめられるのである。ステロタイプなイメージや地元住民と彼女との感覚のズレがまた作品の厚みとなっている。

 彼女はいままでに5人のキャラクターに扮してきた。まず大阪船場界隈で行われた「ビルのすきまで逢いたい」というイベントでは、商都にふさわしくOL系アイドル「船場みずき」(2005年)を作り出し、自身が作詞を行った「ビルのすきまで逢いたい」という曲をリリースした。この曲には「大阪ビルディング 船場でダンシング激安ビジネスホテルは あなたを 癒した」という歌詞がでてくるが、家族や友だちよりもむしろビジネスホテルの方が癒される、という感覚は、二十歳そこそこの女性のものとは思えない。彼女の詞や造形には、ときどきこのように世代や時代を疑わせる要素が登場する。端的に言うと昭和の香りがするのだ。レトロ趣味を狙ってというわけではなく、時代に取り残されたようなものに自然に目が行ってしまうらしい。そこには浅草の老舗料理店で生まれ育ったという出自が関係しているのかもしれない。

 次の長崎では、当地にある「女の都」という地名に触発されて、「女の都団地」からデビューした人妻演歌歌手という設定で「女の都まりこ」(2006年)を作り、「ウチミズ」という曲を出した。この曲を含め、歌を作る場合には、作詞は彼女自身が行い、作曲や編曲は専門家に依頼している。だから彼女の曲はどれもコミックソングやパロディの類ではなく、充分聴くに耐える楽曲になっている。

 続く「桃山ヘレン」(2007年)は、卒業制作展という事情のせいか、他のキャラクターとはひと味違い、「ぶぶ漬イズム」をスローガンに京都市長選挙に立候補した女性という設定で、選挙事務所のイメージを展示室の一角に作り出し、選挙活動の様子をビデオで上映した。そして「Yoko Yasue」から1ヵ月後に名古屋で行われた個展「ゴヤフェチ」では、悪と戦う美少女戦士「大須あかね」(2007年)に扮し、CDとDVDを製作したのだった。「大須あかね」は大手新聞の名古屋版に大きくとりあげられたこともあり、また“アニメから飛び出した美少女戦士”という設定がある種の人々の琴線に触れたらしく、一時「2ちゃんねる」を賑わせた。

 こうして今までに5人のキャラクターを生み出してきたわけであるが、キャラクターが変わるごとに彼女は別人の顔になる。説明されなければ同一人物だと気づかないかもしれない。まさにメイクの怖さだ。現代美術界には(あるいは芸能界にも)、自分の顔を残しつつ別キャラに変身する作家(芸人)も増えているが、そういう場合、本人の顔のインパクトで観客をひき付けることが容易になる。素材に頼った狡さだ。またとくに現代美術界についていえば、作家の顔が見えていれば、「真の顔」と変身のテーマ辺りを突いてから「アイデンティティ」や「認知」の問題にもっていけば批評文も書きやすいというものだ。しかし、飯田は自らを白いキャンパスにしてそこにキャラクターを描くように本人らしさを消し去るのである。

 この5人のタレントたちは「Y. Music Japan Entertainment」という事務所に所属していることになっている。アイドルから政治家まで、方向性がバラバラに見えるキャラクターを束ねる結束点が「Y. Music」なのだ。その意味では、飯田淑乃のメイン・キャラクターは、船場みずきでも大須あかねでもなく、「Y. Music」であると言えるかもしれない。そう書くとアート界と芸能界をまたいだ壮大で周到なプロジェクトを仕組んでいるかのような印象を与えるかもしれないが、実はそうでもない。たとえば各キャラクターの名前にしたところで、船場、女の都、桃山、大須と、その土地の名前を暗示どころか直接的に示しているにすぎない。「Yoko Yasue」も「横安江」つまり「ヨコヤスエ」からの連想である。しかし、その行き当たりばったりさが良いのである。現代美術界には、意味の病に侵された人間も多いので、作品に明確なコンセプトや戦略を求めがちだが、こうしたプロジェクト系のアート作品は、あまりコンセプトを固められるとかえって鼻に付く。見え透いてしまうのだ。しょせんアート界は大量消費の世界ほどしたたかではないのだから。

 それよりも作りたいから作るというプリミティブな態度のほうが、アーティスト本来の凄みや、日常に忍び込むアートの不可解さにつながっている。あえて言えば戦略のないあやうさが彼女の魅力である。

 かつてシミュレーションという言葉が現代美術業界でも一世を風靡したが、それはたんに模倣や引用の今様の言い換えにすぎなかったのではないか。「盗用」という言葉を戦略的に使って偽悪ぶってみても事情は同じだ。いっぱんの社会でも「流通のシミュレーション」とか「フライトシミュレーター」というようにこの言葉はよく使われるようになったが、それも模擬、試行という和語を使えば済む内容でしかない。この用語はボードリヤールとともに広まったわけだが、彼の主張の眼目は、オリジナルをシミュレーションした結果コピー(シミュラークル)が生まれるという関係がかつてはあったが、現代社会では元になるべきオリジナルが消失してしまいシミュラークルだけがひとり歩きするようになっている、ということではなかったか。シミュラークルつまり「オリジナルなきコピー」の世界では、真/偽、本家/分家、正/反の区別も無意味になるのだ。

 飯田の作品もオリジナルがありそうでない。それぞれのキャラクターは彼女の思いの中で勝手に作られたもので、OLや人妻やアイドルのシミュラークルであってもコピーやパロディではないのだ。まして「ご当地」を代表してもいない。

 飯田のキャラクターたちは、一見無思想に見えて、いや無思想であるがゆえに、実は過激な表現となっている。名づけようもないもの、本人も意識していないパッションほど危ないものはないのだ。人は初めての現象に出会ったときそれを名づけることで安心するのだから。本人は意識していないかもしれないが、業界の境もジャンルの壁もあいまいにするという意味で飯田は真のアヴァンギャルドなのである(この用語もだいぶレトロな感じがするが)。

 次作、二月十六日から水戸芸術館で行われる個展では、子ども番組に出てくるような「歌のおねえさん」が登場するらしい。なぜ今、歌のおねえさんか? なぜ水戸で歌のおねえさんなのか? 納豆も絡むらしいが、おねえさんと納豆の関係は? 謎は尽きないが、彼女の名前はまだない。込むアートの不可解さにつながっている。あえて言えば戦略のないあやうさが彼女の魅力である。

 かつてシミュレーションという言葉が現代美術業界でも一世を風靡したが、それはたんに模倣や引用の今様の言い換えにすぎなかったのではないか。「盗用」という言葉を戦略的に使って偽悪ぶってみても事情は同じだ。いっぱんの社会でも「流通のシミュレーション」とか「フライトシミュレーター」というようにこの言葉はよく使われるようになったが、それも模擬、試行という和語を使えば済む内容でしかない。この用語はボードリヤールとともに広まったわけだが、彼の主張の眼目は、オリジナルをシミュレーションした結果コピー(シミュラークル)が生まれるという関係がかつてはあったが、現代社会では元になるべきオリジナルが消失してしまいシミュラークルだけがひとり歩きするようになっている、ということではなかったか。シミュラークルつまり「オリジナルなきコピー」の世界では、真/偽、本家/分家、正/反の区別も無意味になるのだ。

 飯田の作品もオリジナルがありそうでない。それぞれのキャラクターは彼女の思いの中で勝手に作られたもので、OLや人妻やアイドルのシミュラークルであってもコピーやパロディではないのだ。まして「ご当地」を代表してもいない。

 飯田のキャラクターたちは、一見無思想に見えて、いや無思想であるがゆえに、実は過激な表現となっている。名づけようもないもの、本人も意識していないパッションほど危ないものはないのだ。人は初めての現象に出会ったときそれを名づけることで安心するのだから。本人は意識していないかもしれないが、業界の境もジャンルの壁もあいまいにするという意味で飯田は真のアヴァンギャルドなのである(この用語もだいぶレトロな感じがするが)。

 次作、二月十六日から水戸芸術館で行われる個展では、子ども番組に出てくるような「歌のおねえさん」が登場するらしい。なぜ今、歌のおねえさんか? なぜ水戸で歌のおねえさんなのか? 納豆も絡むらしいが、おねえさんと納豆の関係は? 謎は尽きないが、彼女の名前はまだない。

 

 

(c)Kanazawa Art Event Calender Equal




 

Web Equal  vol.3 2008.2~4

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.1.船場みずき(大阪/2005)

2.女の都まりこ(長崎/2006)

3.桃山ヘレン(京都/2007)

4.YOKO YASUE(金沢/2007)

5.大須あかね(名古屋/2007)

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浅井俊裕

水戸芸術館現代美術センター主任学芸員。
関西学院大学大学院美学科修了後、開館準備室時代から水戸芸一筋で現在に至る。

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